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東京簡易裁判所 昭和33年(ハ)1964号 判決

原告 柴田秀信

被告 日鉄鉱業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し別紙記載株式を原告名義に書換せよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和三十年十月二十日ごろ東京都台東区御徒町二丁目において別紙記載の株券を拾得し、即日日本橋警察署長に届け出で、同署長は遺失物法の定めるところに従い公告をしたが法定期間内に所有者が判明しなかつたため原告がその所有権を取得し昭和三十二年二月十日同署長から同株券の交付をうけた。よつて原告は同株券の所有者として被告に対しその名義書換を求めると述べ、法律上の見解として株券が発行済の場合は株主の権利は株券に化体されているもので、その后は株券の記名無記名を問わず株券の所持者の変動に伴い株主たる権利も移転するものと解するのが相当であつて、原告は本件株券を適法に取得して被告の株主となつたものであるから被告は株式名義書換手続をなす義務がある、被告は遺失物法に従い取得された株券は単なる紙片に過ぎないと主張するが、遺失された株券と雖も有価証券であることに変りなくそれがため除権判決によりその無効を宣言することが必要とされるのであり、又株主は株主権を有するが故に株券を喪失しても除権判決を得て株券の再交付を求め得るとの被告主張も株主権に関係のない手形公債その他の有価証券を遺失した場合にも除権判決を得てそれらの再交付を求め得られることからして理由がない。勿論株主は遺失した株券を発見し或いは返還をうけることもあろうし、又除権判決を得て新株券の交付を得られるのであるから株券喪失の一事を以て直ちに権利を失うものではないが(但し株主権を有するためではない)その遺失された株券が民法遺失物法の定めるところに従い、或いは即時取得等により適法に第三者に取得されたときは遺失者はこれと同時に遺失株券に対する権利を最終的に喪失するに至るもので、従つてその后は除権判決を求めることもできないのであると述べ、証拠として甲第一ないし第八号証を提出した。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、原告主張事実は全て不知である、仮りに右事実が認められるとしても以下の理由により原告の請求は失当であると述べ、法律上の見解として本件株券はすべて記名株券であるが、記名株券が株主の意に反して遺失された場合はその外観からも内容からも記名株券そのものと株券上の株主権とは分離した状態にあるとみるのが通説である、即ち株主は記名株券を遺失したというだけでは直ちにその権利を失うものではなく株券紛失を理由に公示催告を申し立て除権判決を得たうえ株券の再交付をうけることにより一旦分離した権利と証券とを再び自己の手中に納めることができるのであり、この間株券を遺失した株主は株主権までも失うものではない。株券の所持が株主権の行使について如何に重要であつても、株券は結局権利を行使するための手段にすぎず、この意味からすれば本件株券のように遺失物法等により公告后一年を経過して拾得者に交付された株券は株券の形をとつた単なる紙片に過ぎないと述べ、証拠として甲号証の成立は全て認めると述べた。

理由

成立に争いのない甲第一ないし第八号証によれば、原告が昭和三十年十月二十日別紙記載株券を拾得し同月二十二日警視庁日本橋警察署長あてに届け出たが遺失者が発見されないで拾得者原告に右株券が交付されたことを認めることができる。右の事実によれば、原告は民法第二百四十条遺失物法の規定により拾得した同株券の所有権を取得したことになるが、同株券が記名株券であることは前掲甲号証により明らかであるところ、その取得により株券に化体された株式即ち株主たる地位をも取得するものであるかについて考えてみるに、なるほど株式は株券に化体されて権利移転の際その交付が必要とされ又権利行使についても名義書換請求についてその占有を必要とされるものではあるが、もともと株券は株式を表彰するため発行されるもので株券の発行によつてはじめて株式が発生し権利が創設されるものではなく、権利の変動に株券の交付がなされるのも権利の変動に伴い権利を表彰している株券の所持者も亦変動すべきこと及び第三者への対抗公示等の理由からしてそれが必要とされているものであり、株券は株式の変動に伴い移転すべきが原則であつて、唯取引の安全をはかるうえから有価証券としてその善意取得者を保護する建前をとつているのであるから、株式が株券に化体されているからといつて逆に株券の所持者の変動は常に株式の移転を伴うものとすることはできなく、株券がなんらかの事由により所持者の意思に基かないでその占有から脱した場合にはいわゆる善意取得の要件を具備する場合を除いては株券取得により直ちに株式を取得するものとなすことはできない。原告の本件株券取得は前に認定したとおり拾得後適式な手続によつてなされたものであるが、これもいわゆる善意取得には該当しないものであるから原告の所有権取得は単に株券と記載された紙片に対するものと云わなければならず、それに化体された株式にまでおよぶものと云うことはできない。なお当事者間に争いがあるので公示催告の点についてふれてみるに、公示催告を申し立てるのは株主権という実質的権利に基くものではなく株券の有価証券としての性質から証券上の権利を主張し得べき証券上の資格に基くものであつて、又除権判決の対象も専ら同資格であつて実質的権利には全く触れないものであるから原被告の主張する相異は本件判断に直接に関係はない。以上のとおり原告は別紙記載株券を所持はしても同株券に表示される株式を取得し得ないものであるから原告には同株式の名義書換請求権はないと云わなければならない。よつて被告に対し株式の名義書換を求める原告の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西沢潔)

別紙

日鉄鉱業株式会社株式 百株(内訳左記のとおり)〈省略〉

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